奥様を追放するだけでは満足されず、羽根をむしりとって、飛べないように半殺しにする行為を見て、信仰に疑問を感じ始めました
  
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『舎利弗の真実に迫る』講義19  タイプ論でみた大川隆法と種村偽守護霊

「種村偽守護霊 そうなんだよ。俺みたいな善人が出世せないかんのや。

だけど、『俺みたいな善人が出世しない』ということは、『この教団が「悪の教団」だ』ということを意味している。

斎藤 つまり、自分が出世しないために、当会は『悪魔の教団』になったわけですか。

種村偽守護霊 そうそうそう。悪魔の教団だ。これはもう、文殊菩薩と意見が一致してるんだ。

(中略)だから、『そういう、立派な教えを広げたり、「智慧第一」と呼ばれたりしていた人が、

こんなにも不幸をかこっている』ということは、『この教団が悪魔に支配されている』いうことだ。」

(『舎利弗の真実に迫る』P126~P127)



<解説>

「教団の中で重要な役職が与えられなかったり、落ちこぼれたりすると、それを恨みに思って教団に敵対するようになります。

これが分派活動をする弟子に共通してある欲望です。その奥にあるのは嫉妬心です。」

大川隆法氏が弟子を辞めさせたり、辞めた弟子を攻撃したりするときは、この論理を使います。

これは辞めた人を、無能な落ちこぼれということで全部ひっくるめて批判できるので大変便利な理論です。

それにしても、この種村偽守護霊の言い分はすごいです。

「自分はこれほど善人で素晴らしい人間なのに、その自分を認めず、出世させず、逆に追い出してしまう教団は『悪魔の教団』であり、

自分への不当な仕打ちを見れば『この教団が悪魔に支配されている』ことが分かる」とまで言わせています。

しかし私たちは、大川隆法氏がこれとそっくりの論理を使って、自己弁護しているのを知っています。

大川隆法氏は、これほど素晴らしい幸福の科学の思想が日本に広がらないのは、日本が宗教に偏見を持ち、悪魔に支配されている国だからだといいます。

また衆院選挙に三百人も出て全員落選するのは、自分たちのことを正当に報道しないマスコミのせいだ、とマスコミを批判し、マスコミは悪魔に支配されていると糾弾します。

最後にこの国は悪魔に支配されていると断言します。

この二つを見比べると、論理の構造は瓜二つです。

「種村偽守護霊は大川隆法氏の意識の一部(魂の兄弟)である」という主張は、ここにも根拠を見出せるようです。

大川隆法氏は、世間が自分を認めてくれないので、自分で自分のことを「国師」と名乗ったり、「大救世主」と名乗ったりします。

仏陀であることに疑問を投げかけた種村批判の本書のあとがきには、「仏陀 大川隆法」と書いています。

つまり、自分を認めない存在が増えれば増えるほど、彼の自己宣伝は過剰になっていくのです。

だから最近では、大宇宙の根本仏と呼ばせているようですが、その背景には、会員の減少や総選挙での敗北など、マイナスの評価の増大があるのではないでしょうか。

大川隆法氏の自我は、ハイパーインフレーションを起こしています。

自我肥大です。

あまりにも自我が膨らみすぎて、宇宙神になりました。

これをエル・カンターレ信仰と言います。

ひるがえって私の思考形態はどうだろうかと反省しました。

私は大川隆法氏から

「釈迦の一番弟子の舎利弗であり、イエスが最も愛した弟子の福音書のヨハネであり、禅宗の開祖の栄西であり、

密教を唐の国教にし、死んで後には空海の入唐求法を指導した不空三蔵であり、

天上界ではゼウスの守護霊をしたこともあるアサートである」

と言われてきました。

これは『黄金の法』等の基本書にも出てくる名前です。

私はかつてこれを全部信じていました。

信じたために、内心のプライドが高かったのは事実です。

しかし、現実には教団を還俗し、社会に出ても今までやったことがない仕事をやってみて挫折をし、徹底的に自分の未熟さを見つめることになりました。

大川隆法氏を仏陀と信じていたので、過去世認定を疑うことなく、ひたすら今世の自分の出来の悪さを責めました。

そして絶望感と戦ってきました。

在家に戻って7年後ぐらいたったころでしょうか。

日光精舎に約10日間泊り込んで反省修行したとき、一人、礼拝室のエル・カンターレ像に向かって、魂から搾り出すような声で、次のようにお詫びをしたことがございました。

「仏陀よ、今世の私の出来の悪さをお許しください。

あなたから舎利弗であると過去世を明かして頂きながら、何らお役に立てない今世の未熟な私をお許しください。」

つまり私は徹底的に自分自身を責めるタイプなのです。

自分を認めない教団や世間を悪魔として責める「他罰的なタイプ」の人間ではなく、自分を責める「自罰的なタイプ」の人間なのです。

ですから、種村偽守護霊に語らせている言葉は、私の心境とは相当かけ離れています。

一方、大川隆法氏は、責任はすべて相手にあるとする「他罰的なタイプ」の方です。

それを一番感じたのは、大川きょう子さんへの批判を聞いたときです。

私も離婚していますが、幸福の科学の教えから言っても、また常識的に言っても、夫婦の責任は五分と五分のはずです。

相手が悪いと言っても、そういう相手に育てたのは自分です。

幸福の科学でもそう教えています。

しかし、大川隆法氏は、ご自分が当事者になると、全部妻のせいにされました。

そして、教団から追放した後も、「口臭が臭い」とか「便器の裏が汚れていた」とか、聞くに堪えない悪口を本に書き、さらに恐ろしい守護霊の言葉を本に出して人格攻撃をされます。

信者全員に呪詛(「悪妻封印祈願」)までさせました。

これほどの極端な「他罰的なタイプ」は珍しいです。

大川隆法氏を知るある医師は「これはボーダーラインと呼ばれている人格障害の典型的な症状です」と言いました。

別の女性の会員さんは、「奥様を追放するだけでは満足されず、羽根をむしりとって、飛べないように半殺しにする行為を見て、信仰に疑問を感じ始めました」と悲しげにいわれました。

他罰より自罰の方がいいとは申しません。

どちらも極端であり、中道から外れています。

でも他罰的なタイプの種村偽守護霊と、自罰的なタイプの私の間には、大きな開きがあるという点だけは、申し上げたいと思います。

加えて、種村偽守護霊のタイプは大川隆法氏のタイプに酷似しているという事実は指摘させていただきたいと思います。

http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_21.html

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